自分の国へ帰る前日、航空会社から急に連絡があった。パイロットが急に来れなくなってしまったため、飛行機は自分で操縦していって欲しいとのことだ。日本からマレーシアの間だけ、自分たちでうまく移動したらその後の乗り換えの便はちゃんと用意してあるとのことだ。
運良く僕たちのグループには飛行機の操縦許可証をもっている女の子が一人いた。その子は、「ペーパードライバーだから無理ですよ」と言っていたが、僕たちはどうしても家に帰らなくてはいけないから、その子に頼るしかない。
航空会社の説明では、マレーシアの空港についたら、空港のセキュリティーの人たちを振り切って入国審査までは、ちょっとイリーガルに突破してくれとのことだった。「なんて無責任な!」と内心怒り狂っていたが、セキュリティーは入国審査を突破した人をゲートの外まで追うことは法律的にできないらしい。異国の地の空港で、問題を起こすのは心配だが、今まではこのやり方でなんとかなってきたらしい。
結局、当日は他の乗客はなく、僕たちのグループ5人だけが、飛行機に乗り込んだ。航空会社もこれを見込んでいたのか、他の人たちには知らせていないだけなのか、小さなまるっこいひょうたんのような形をした小型機を用意していた。表面は、サツマイモのような赤紫で、とても民間機には見えない。
僕たちはそのズンドウの飛行機に乗り込み、仲間の一人の女の子の操縦に身を任せて海の上を飛び始めた。すごく天気がいいが、日本の上空は日本の自衛隊の空域や、米軍の空軍専用の空域があって、民間機はそこへはみ出してはいけないことを思い出した。急にそんなことを思い出しても、空には色もついてなければ、線も引かれていない。一度空へ出てしまうと、どこならば飛ぶことが許されているのか知りようもない。軍の飛行機に追われるのは嫌だなと思いながらも、とりあえず誰にも気づかれないことを祈って、ただまっすぐマレーシアを目指して飛び続けた。空域のことなど気にし始めると、不安でもあったが、空から見える景色はすばらしかった。しかも、いつもみたいに雲の上の人間がとても住めないような、マイナス40度の空の中を飛ぶ必要もないから、海のなかの魚がみえるぐらいの高さを飛んだ。
普通にネットで航空券を買っただけで、どうして法律違反になりそうなことをしないといけないんだと思ったが、案外こういう自由も悪くない。太陽が細かく照らし出す水面が美しかった。
いよいよマレーシアの都市が見えてきた。予想外に大きな都市のようで、ピンクの高層ビルがたくさん建っている。そのままの低空飛行だと、ときどき高いビルのてっぺんにこすりそうになる。「もう少し高いとこを飛ばないとぶつかる」といっても、操縦士の女の子は、「この方が、空港が見えたときに着陸しやすい」という。しばらくすると、さすがに彼女もあぶないと思ったのか加速しながら若干高度を上げてくれた。
そしていよいよ空港が見えてきたが、管制塔の連絡とかやり方はいっさい習っていない。そもそもどの機械で連絡したらいいのかさえわからない。着陸できるかどうかだってわからないのだから、管制塔と連絡している余裕はない。正規の手続きを踏んで、着陸していたら、近所のピンクの建物にぶつかってしまうかもしれない。そう判断して、とにかくルールは無視して着陸することにした。
強い衝撃とともに、丸っこい紫の機体がなんとか着陸したが、すぐに管制塔の方から鞭をもった眼帯の女が護衛の男二人を従えてすぐに僕たちのところへ出向いてきた。その姿を見たときに、航空会社の言っていたことはこういうことだったのかと悟った。仲間に「走れ!」と指令をだし、一斉に飛行機を飛び出し、空港の中へと走った。
仲間のうち二人はその場で捕まったが、そのおかげで自分と残りの二人は空港の中まで駆け抜けることができた。空港の中は案外混んでいた。入国審査のカウンターの付近はたくさんの人であふれていた。その中にうまく紛れ込み、ずる込みを繰り返してなんとか入国審査のお姉さんのところまでたどり着いた。
パスポートをとりあえず見せたものの、入国審査の用紙に住所や名前を書き込んでくれと言われるが、他の国では見たこともないような大きな用紙だった。これにいちいち記入していたら追ってきた男に間違えなく捕まってしまう。既に、このステップをうまく切り抜けて向こう側へたどり着いたトーマスが一瞬視界に入った。追っ手はそこまではいくことができない。そのためには、このお姉さんにここを通してもらうしかない。しかもマレーシアなのに、なぜか北欧風の金髪のお姉さんだ。
とっさに思いついた一言が、「君がコサインの二乗だったらいいのに」という言葉だった。「え、なんで?」という顔をして彼女は僕を見ている。なんて意味不明なことを言ってしまったのだろう。しかし、とりあえず意外性のある言葉で、相手の興味は引けたようだ。そして、通してもらうために、「僕がサインの二乗だから、二人を足したらどんな時でもひとつだ」と決め台詞を言い放った。なんだか、意味のわからない言葉は彼女の心をとらえたようで、快くパスポートにはんこを押してくれた。
カウンターの脇のガラスの扉を通り抜けるとトーマスが待っていた。しばらくそこで、もう一人がやってくるのを待つことにしたが、結局だれも現れることはなかった。
Sunday, August 15, 2010
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